対人恐怖症となり、引きこもりとなった私は、心理療法の力を借りて、少しずつ心を回復させていきました。22歳の秋になると「働きたい」という気持ちが芽生えていきました。
治療と貯金がモチベ
これまではコンビニの店員さんや彼女と会話をするぐらいだったので、人と接する機会がまだまだ不足していました。
対人恐怖を克服するには、会話の機会を増やしていく必要がありました。そのため、ただ働くだけでなく、人と接する仕事が良いと考えていました。
さらに、私には「起業をする」という目標も再び芽生えていました(対人恐怖症克服記19 八百屋のオヤジへの憧れ)。対人恐怖が重症化したとき、完全に消えた目標だったのですが、やや回復したことで、その想いが雑草のようにしぶとく顔を出してきたのです。
貯金が増えれば、その分、前進している感覚を持つことができるとも思いました。
しかし、いざ働くとしても、私は対人恐怖を抱えています。正社員になるなど想像もできません。まずは最初の一歩としてアルバイトからはじめることにしました。
面接が決まる
私は、コンビニで「求人誌のフロムA」を買い、吟味してみました。働くなど夢のまた夢だったので、求人誌を買うだけでも成長と感じました。フロムAを見ると、様々な職種が載っています。
まずは居酒屋の店員が目に入りました。和気あいあいとした楽しい職場です!と書いてあります。
しかし、どう考えても、職場で元気に働いているイメージがわきません。コミュ力のあるイケメンに圧倒されて、敗北感を味わうイメージしかありませんでした。
次に目に入ったのは、清掃系の求人でした。オフィスの清掃、ホテルの清掃を行う仕事でした。しかし、人と接する機会がないと、対人恐怖の治療にはあっていないと感じました。
条件にあう求人は思いのほか少なかったのですが、ハタとテレアポのアルバイトに目が留まりました。
テレアポは電話越しに人と話す仕事なので、視線恐怖の私でもなんとかなりそうです。さらに未経験でも時給1200円スタートと好条件です(当時の背最低時給は800円の時代)。
8時間働けば1日1万円を稼ぐことができそうです。学生上がりの私にとっては、大きな金額でした。
思い立った私は、緊張しながらも電話をしてみました。面接の日程はトントン拍子で決まり、「新宿アイランドタワー」という高層ビルに行くことになりました。
都会の空気に目眩がする
電車に乗って大都会へ足を運ぶのは、本当に久しぶりのことでした。
電車を降りると新宿西口の高層ビル群に向かいます。高いビルに囲まれて歩いていると、威圧されているような感覚になり、めまいがしてきました。
歩いている人たちにも圧倒されます。スーツをパリッと着こなすサラリーマン、お洒落な学生、綺麗なOL・・・人生が順風満帆に見えます。
私は、無職で引きこもりで、ファッションセンスの欠片もなく、髪は鋤バサミでカットされ、弱々しい負のオーラに満ちています。社会と自分の間に大きな壁を感じて、暗い気持ちになりました。
待合室の正のオーラ
新宿アイランドタワーにつくと、エレベーターが10台もありました。面接会場は40階でした。上層階にエレベーターが上昇していくと、底辺から、天界にいく感覚がありました。
会場に着くと、入り口が見えてきました。「いよいよだな・・・」私は緊張と共に、恐怖突入しました。
会場には面接希望者が20人ぐらいにいました。年齢層はかなり若く、おそらく大学1年生ぐらいの年齢の人もいました。若い女性も多く、おしゃれに身を包んでいます。正のオーラで会場の空気が明るいことがわかります。
方や私は、一張羅の明らかにダサい洋服を着ていて、さらには無職のニートです。無意識に彼らと自分を比較してしまい、恥ずかしい気持ちになってしまいます。
地獄にいた餓鬼が、天界に上がり、天女たちと共にいる感覚でしょうか。私だけが、明らかに場違いな感覚がありました。
勝組面接官
面接が始まると、名前が呼ばれ、1人1人個室に通されていきます。面接で何を話せばいいのか・・・きちんと話すことができるだろうか・・・失敗しないだろうか・・・緊張が高まっていきます。
「川島達史さん」
ついに私の番がきました。心臓がバクバク脈を打っているのがわかります。
逃げたい・・・という感覚が全身を支配しそうになります。それでも私は、自分を変えなくてはなりません。えいや!っと覚悟を決めて入室しました。
すると、いかにも「勝ち組」というオーラをまとった30代前半の男性が座っていました。健康的な小麦色の肌で、色艶もよく、自信がみなぎっています。
「私は面接官です!新宿アイランドタワーの40階に勤める、社会の勝ち組です。」
とでも言わんばかりです。私はものの3秒で、敗北感を覚えました。
私は、蚊の鳴くような小さな声で
「よろしくお願いします」
と言って着席しようとしました。しかし、椅子をつかむ手が震え、座るだけなのに、所作がぎこちなくなってしまいました。男性は失笑ともとれる笑みを浮かべ、
「それでは面接をはじめさせて頂きます」
と宣言しました。そして私の履歴書をジロジロと眺め始めました。
*********
・川島達史 1981年生まれ
・社交不安症専門カウンセラー
・公認心理師 精神保健福祉士
・対人恐怖のご相談はこちら
・社交不安症チャンネルはこちら
*********