社交不安改善コラム

対人恐怖症克服記70 ブラックな保険営業

 

対人恐怖症に8年苦しみ、引きこもりになった私は、心理療法の力を借りて、社会復帰する意欲がわいてきました。一方で、アルバイトにも関わらず、10社連続で落ちるという離れ業を炸裂させていました。

 

それでもあきらめず、面接を続けると、テレアポのバイトで採用されることになりました。私はついに無職からフリーターになれたと、小さな自信を取り戻すことができました。

 

 

真人間になれたのか

テレアポのバイトは、当時のKDDI関連の子会社のようでした。勤務地は、西新宿のセンタービルの40階でした。西新宿は、ビル群に到達するまでに、長い、トンネルを歩いていくことになります。

 

このトンネルは、音が響きやすく、ビジネスマンやOLがコツコツと靴を鳴らしていきます。この音が、どこか、戦場に向かう、歩兵の行進のように聞こえ、これから仕事をするぞ、という気合を感じていました。

 

以前はこの音を聞くと、威圧的に感じていました。これから私たちは、ビジネスの戦場に向かう!無職で戦わない輩は帰れ!と異物扱いされているような感覚がありました。

 

しかし、今日は違います。私も、戦いに出るのです。このビジネス兵士たちの、軍靴の1つに加わることができた感覚があり、真人間になれた気がしました。

 

思えば、2か月ほど前に、最初に面接をしたのが、似たような高層ビルで、テレアポという同職種でした。

当時は何の対策もなく、ただ戦場でぼうっと突っ立ってしまい、あえなく射殺されたような感じでありますが、この2か月でずいぶん、対策を練って、仕事を勝ち取ったのです。

この点は自分を褒めてあげたい気持ちになっていました。

 

 

逃げたい衝動

センタービルに到着し、エレベーターの前に着くと、緊張で胸が昂っていきました。なにせここ8年、まともにコミュニケーションをすることができなかったのです。

実際に仕事ができるかは未知数でした。失敗するイメージがあたまを駆け巡り、逃げたい衝動でいっぱいになってきました。

今なら逃げれるぞ・・・
きょどって失敗するだけだぞ・・・
引きこもり部屋に戻ろうぜ・・・
そう安全行動を求める自分がいます。

しかし、もはや退路はありません。ここで逃げたら、本当に自分が嫌になることは明白でした。

私は森田療法の「恐怖突入」を思い出しました。恐怖突入とは、「恐怖に思う対象は大概の場合、妄想である。大丈夫!思い切って恐怖の対象に飛び込め!」という雑な考え方になります。

 

私は、恐怖突入だ!と自分に暗示をかけ、ついに職場にわが身を進軍させました。

 

 

ホワイトな環境

いざ、職場に入ると、誘導するボードがあり、それに沿って進むと、初出勤の人向けの部屋に到着しました。

ドキドキしながら、入り口をくぐると、15名近くの人が静かに座っていました。なんとなく人の良さそうな雰囲気を感じ取り、どこかほっとしました。

私は軽く会釈し、着席しました。その後も、続々と人が増え、30人近くになりました。

 

待機をしていると、品の良さそうな女性がホワイトボードの前に立ち、職場環境や労働条件について説明をはじめました。

職場環境は極めてホワイトでした。綺麗なトイレがある、広々とした休憩室がある、40階からの眺望も最高でした。

 

労働条件も好待遇でした。まず研修期間が2週間あるのですが、その期間もしっかり給料が出ます。

時給もバイトとしては良く、1,400円でした(当時の最低時給は850円)。1か月しっかり働けば、20万円にはなりそうです。1,000円、2,000円で苦労していた私には大金でした。

 

全体的に労働者を丁寧に扱ってくれている雰囲気があり、最初の1時間ぐらいで緊張が随分、和らいでいきました。

 

 

ブラックな電話営業

一方で、仕事内容は、グレーというか、ブラックでした。業務内容はカード会員向けの保険の電話営業で、販売する商品は、2か月の無料期間つきの保険です。マニュアルには

カード会員様に特典があります♪
今回は特別なご案内です♪

無料期間付きの保険です♪
いつでも解約できます♪

と話すよう書かれていました。

「あなただけの特別感」を徹底的に演出して、いたるところに「無料」をちりばめるように指導されました。確かに本当に2か月は無料なのですが、解約するのを忘れると、2,500円が永遠に引き落とされてしまいます。

 

特に電話の相手が、高齢だろうが、知的に問題があろうが、お構いなしに、電話をかけることになります。

高齢の方ですと、無料期間が過ぎた後に、引き落とされてても気が付かないのではないかと感じていました。

 

営業に慣れてくると、1日に2件程度加入を頂けたのですが、うれしい反面、なんとも言えない罪悪感がありました。心の中では「こんな保険入らなくていいのに・・・」とつぶやいていました。

 

このように、環境はホワイトなのにも関わらず、労働の質は高齢者を巧妙にだまして、サブスクに勧誘して、加入したことを忘れる人から、永遠と2500円を搾り取る構造になっていました。

環境がいいのは、非倫理的な仕事の代償であるのだと妙に納得しました。

 

 

マダムに癒される

仕事内容はさておき、電話営業では1日8時間近く話すので、長い間引きこもっていた私にとっては、充実したリハビリになっていました。

また、人間関係には恵まれていました。仲間の多くはアラフォー、アラフィフのマダムばかりでした。20代前半の男性はほとんどいなかったので、ウエルカムな雰囲気で歓迎されました。

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当時の私はムチムチした女性と話すと気絶しそうになる(克服期68)ので、マダムがちょうど居心地がよかったのです。

女性たちは、たわいもない話をしてくれたり、お菓子をくれました。人と話すことに不安を抱えてた私にとって、温かい母性に触れられたのは幸運でした。

 

 

暗黙の了解

職場には少数でしたが、男性もいました。若い方は少数で多くが40代でした。40代男性で、バイトをしているのですから、皆さんなんらかの訳アリだったと思います。

 

そのため「お互い過去を詮索しない」という暗黙の了解がありました。私は引きこもっていたことを隠していたので、つかず離れずとても居心地の良い距離感になっていました。

 

最初は警戒心の塊だった心が、居場所がある・・・受け入れられている・・・という安心感で少しずつ柔らかくなっていきました。

 

 

しかし、私には決定的に欠けているものがありました。

 

 

 

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・川島達史 1981年生まれ
・社交不安症専門カウンセラー
・公認心理師 精神保健福祉士
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