対人恐怖症が悪化する中、容姿も崩壊し、自己否定の日々を送っていました。大学では、明るく楽しそうに過ごす同級生たちの姿が、眩しいどころか憎々しくさえ感じられるようになり、彼らを心の中で敵視する毎日でした。
ゼミに入るか
大学3年生になると、ゼミに入る時期が来ました。日大の経済学部は、ゼミに入らなくてもよい仕組みだったのですが、私は入りたいと考えていました。私は対人恐怖の癖に、大学生らしい活動をしたいという矛盾した気持ちがありました。キラキラと輝く大学生に嫉妬しつつ、その輪に入りたかったのです。
いくつかの説明会に顔を出し、最終的に「中小企業論」のゼミを狙うことにしました。理由は2つあります。
1つ目の理由
中小企業論のゼミでは起業家の研究を積極的におこなっていると書かれていました。プライドを保つための虚言に過ぎなかったのですが、起業願望がある私にとって面白そうと感じる内容でした。
2つ目の理由
中小企業論のゼミはかわいい子がいるという噂を聞いていました。日大経済学部は8割が男子なのですが、そのゼミに限っては男女比率が半々で、もぎたてピチピチギャルが収穫の時期を迎えているようでした。
橋本さんという、真面目な彼女がいながらも、私はかような浮ついた心を充分すぎるほど持っていました。そしてそのゼミは私の浮気心を存分に刺激したのです。
予期不安が駆け巡る
ゼミの面接は1次と2次があるようでした。日程は1週間後です。対人恐怖症を抱える私にとって、面接という場は未知の恐怖そのものでした。1週間前から、すでにその影響は表れ始めていました。
面接中、「志望動機をお願いします」と質問されると、真っ赤になって声が震え、まともに答えられない自分を想像します。
失笑を買うのではないか
気持ち悪いと思われるのでは
赤面が出たらどうしよう
ネガティブな考えが頭を支配し、寝つきが悪くなっていました。妄想は四六時中続き、前日になると、足がすくむほどの不安が湧き上がってきました。
時がたつのは残酷です。ついに面接当日となりました。面接に行くと人気のゼミだけあって、30人近くの希望者が列をなしていました。形式は3人ごとの集団面接で、希望者は別部屋で待機することになりました。
私は4グループ目でした。待機していると、予期不安がピークに達していました。心臓が異常な速さで鼓動を打っていきます。まだ呼ばれてもいないのに脂汗が出てきました。
リア充ゼミに萎える
よいよ名前が呼ばれました。
おそるおそる入室すると、先輩のゼミ生が10人ぐらいと、指導教授が座っていました。そして私は第一印象から圧倒されました。さらに先輩のゼミ生はイケメンと美女揃いで、圧倒的なリア充感が漂っていました。
私たちはオシャレでございます
そして人気ゼミの先輩でございます
日大カーストの最上位でございます
容姿が悪い人は人ではありません
と言わばんばかりの堂々たるオーラを輝かせていました。そのポジティブなオーラは目を開くことができないほどで、じりじりと太陽が降り注ぐ砂漠で、突然棺桶を開けられたドラキュラのごとく、もはや生き絶え絶えになってしまいました。
私はこのゼミと調和する人間ではないと本能的にさとりました。
ダサい男だわ
うわ!暗い!
はい!この男なし!
大学生たちは、内心このように感じているのだろうと、過度の読心を働かせていきました。
面接官の愉悦
いよいよ面接がはじまりました。
「まずは自己紹介をお願いします」
と大学生が偉そうに質問してきます。
「私は、あなたを選ぶ立場です。どうぞ存分にアピールしてください。さあ、どうした、必死にアピールしろよ。お前らは大変だけど、私たちは圧倒的安全な立場にいるけどね。」
と言わんばかりです。これはどこかで見た光景です。それはグラディエーターという映画で、闘技場で奴隷たちを無理やり戦わせ、命の削りあいを見て、己の安全性を実感するという、下劣な笑顔を見せてている貴族のような態度でした。
一体こいつは何を偉そうに質問してくるのだろうか?自己紹介をするには、まずは自分から名を名乗るべきです。自己紹介をお願いする前に、まずはおのれが自己紹介をせい。
私は心のなかでそうつぶやきましたが、所詮奴隷は奴隷です。皇帝様に逆らうことはできません、何事もなかったかのように自己紹介をはじめました。
必然的嘲笑
「あ、あの・・・か、かわしまたつし・・・、うっ・・・です」
辛うじて名前は言えましたが、その後の言葉が緊張で思うように出てきません。顔が真っ赤になってしまい、声も震えていました。女子大生の視線は私を石ころを見るかの如くでした。方や同じ面接を受けている学生はハキハキと話し、ちょっとした笑いも取っていました。明らかにゼミの先輩たちが食いついているのが分かりました。
面接は続きました。その中で、お決まりの文言が飛び出ました。
「当ゼミを志望したきっかけはなんですか」
私はこの時とっさに
「しょ、しょ、しょ、将来起業をしようと思っているので、そ、そ、その勉強のためにきました」
とドモリながら宣言しました。面接会場がわずかにざわつきました。このクソキョドリ男が何か口から出まかせを言っているぞ!という空気になっていました。
面接担当の大学生は、やや嘲笑気味に
「将来起業をするのですね。ではどんな分野で起業するのですか?」
と質問をしてきました。私は狼狽しました。
「そ、それは・・・まだ決まっていません」
大学生は、軽くため息をつき、やれやれ・・という表情になると
「まだ決まってないのですね・・・なるほど、頑張ってください」
と乾いた口調で私を励ましました。そして、すぐに私への質問はシャットダウンされてしまいました。面接が終わり、会場の外に出ると、全身の力が抜けるようでした。全身をくまなく他人に見られるということは、私にとって拷問といえる苦痛の時間でした。
そうして、3日ほど経つと、ゼミへの合格発表の日が来ました。私は全く期待せず、事務的にその結果を見に行きました。
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・川島達史 1981年生まれ
・社交不安症専門カウンセラー
・公認心理師 精神保健福祉士
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