社交不安改善コラム

対人恐怖症克服記81 心の重り

 

引きこもりから喫茶店のバイトを始めた私ですが、極度に人が怖くなり、出勤することを拒否してしまいました。当然のように店長から電話がかかってきました。

そして私は、絞り出すようにはじめて対人恐怖症であることを告げました。

 

すると店長自身も「昔いじめにあっていた」と泣きながら告白してくれたのです。

私は初めて、対人恐怖をカミングアウトしたことと、まさかの対人恐怖である旨をカミングアウトされたことに放心状態になりました。

 

 

バイトへに行けない自分

カミングアウトをして、電話が終わった後、私はアルバイトに行くことにより大きな恐怖を抱くようになりました。

ドタキャンをしてしまった手前、当然、他のアルバイトからは評価が下がったはずです。否定的な目で見られることは恐怖以外の何物でもありません。

 

さらには、店長の秘密を聞いてしまった罪悪感もありました。店長もおそらく、いじめにあっていたことや、対人恐怖である旨をカミングアウトするなど、考えてもいなかったと思います。

きっと私に秘密を打ち明けたことを後悔しているに違いないと考えていました。

 

当時の私には、2つの恐怖心を乗り越える心の強さはありませんでした。

 

 

罪の意識

私にとって当日ドタキャンをしてしまったことは、筋は通っていました。現実的にもう身体が動く状態ではなかったからです。その点については迷惑をかけましたが、本当に仕方のないことでした。

 

しかし、その後、私は筋が通らないことをしてしまったと考えるようになっていました。

それは心が安定したときに、謝罪をしに行かなかったことです。私はバイトをドタキャンしてから、ずるずると謝りに行くことを引き延ばし、ついにはそのままやめてしまいました。

 

当日、ドタキャンをするのは、対人恐怖があったため仕方がなかったとは言え、ある程度症状が軽くなった時に、謝罪をしにいかないのは筋違いです。

しかし、私はまだ筋を通さないことで起こる、心の負債の蓄積を甘くみていました。

 

 

正しく生きる

コミュニケーションで大事なことは、信頼に足る自分になることです。

信頼できない行動をすると、結局それは、自信の低下につながります。自信が低下すると、こんな自分は他人と接する価値がないという気持ちになってきます。

 

人間は完全ではないですから、もちろん全てを完全にすることはできません。余裕がないときは回避をせざるを得ないときはあります。

人に迷惑をかけざるを得ないこともあります。しかし、余裕があるときは筋を通さないくてはなりません。

 

筋を通さずに、回避やズルをしても苦しむのは結局自分なのです。

なぜなら回避やズルをしたことを誰よりも知っているのは自分自身だからです。

自分の中での価値判断の中で、「正しい」と思う基準から外れるような行為を繰り返すと、自己肯定感は低下し、対人恐怖は治らないのです。

 

結果的にこの出来事は4年近く、心の重りとなってのしかかりました。なぜ4年かというと、私は結局罪の意識に耐え切れなくなり、間接的ではありますが、謝罪をしたからです。

謝罪が済むと、心の重りが取れて少なからず自分を好きになることができました(この話は後日また別の機会に書こうと思います)。

 

 

自責で苦しむ

アルバイトをドタキャンした事実により、私は自責の日々を過ごすことになります。

私にはまだ、挫折を乗り越えた経験が乏しく、どう心を回復させればいいのか、その過程がわかっていませんでした。一度は進みかけた、時計が再び振り出しに戻ってしまい、私は、対人恐怖の治療の困難さを実感していました。

 

幸か不幸か、アルバイトを1つ辞めたことで私は、自分の心を再び向き合う時間を取ることがえきました。そして再び、心理療法の力を借りて、心を整理していくことになるのです。

 

 

 

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・川島達史 1981年生まれ
・社交不安症専門カウンセラー
・公認心理師 精神保健福祉士
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